【伽藍の愛】設定資料集置き場


"伽藍の愛"―――

それは、魔術絵本の中に記されている数ある物語の中の1つ。

しかしそれは魔術絵本の中を抜け出し、それの持ち主はおろか執筆者すら知らぬところで更なる物語が展開されていた。

執筆者も読者も居ない。
あるのは登場人物とこの広い世界と、そして捻じ曲げられてしまった"伽藍の愛"の続きだけ・・・・・・。


物語は、求められぬまま終幕を目指して進み出す―――



 第一幕

物語は、魔術絵本の所有者である華花瓶(かばなみか)と人形好きの男・無垢 遊離(むく ゆうり)が出会うところから始まる。
本来魔術師や人形たち(ドールズ)等とは全く接点の無い遊離だが、ひょんな事からその存在を知る事となり、そして華花瓶と出会う。
決して長いとは言えない交流の中で遊離はドールズに強い興味を抱き、その入手を目指すも、華花瓶の要求する対価を支払う事が出来ず、人形たちについての知識を得るだけでその関係は終わってしまう。

この物語に置ける長い長い序章、その前半。


第二幕

第二幕。それは、筋書きの変わってしまった"悲劇 叡智"の物語。
全ての始まり。
この物語に置いては全く関係なく、それで居て最も重要な最初のプロセス。
アークスシップのアリーナを使って行われた華花瓶の娯楽の1つ。
筋書き通りに流れ、筋書き通りに終わる筈だったこの物語が破綻してしまった事が、多くのドールズと遊離の運命を大きく変える事になる。

この物語に置ける長い長い序章、その後後半。


第三幕

瓶鳴の自我獲得によって破綻してしまった"悲劇 叡智"。
その結果劇場の中から一部のドールが外部へと流出してしまう。
そして何の巡り会わせか、その流出したドールが遊離の手へと渡る。
念願のドールを手に入れる事が出来た遊離は、以前華花瓶に出会った時に手に入れたドールに関する知識、そして自身の持てる全てを使ってそのドールズのメモリに記録されていた物語"伽藍の愛"を展開する事に成功する。

しかしいざ"伽藍の愛"の展開を終えてみると、遊離は自身がまだまだ満足していない事、そしてドールに対する更なる好奇心が湧いている事に気付く。
遊離は新たな情報を入手すべくドールズのメモリを再び解析したところ、その中に"悲劇 叡智"に関する情報が存在する事、そしてその物語がイレギュラーによって破綻し、その結果その物語に使用されたドールの1つが「自我を獲得した」事を知る。
"ドールズの自我獲得"と言う事象に新しい刺激を受けた遊離は、次の目標を"自我獲得の再現"とする。

早速目標達成の為の最初のアプローチとして、ドールズに記録されていた情報を元に"悲劇 叡智"そのものを再現する事を決意。
その準備に非常に長い時間こそかかったものも、遂に"悲劇 叡智"の展開に成功。
しかしいざ展開してみると、人形たちに記録されていた"悲劇 叡智"の情報に不足があった事、その不足を遊離の趣味により改編されていた事が原因で本来の"悲劇 叡智"の筋書きの通りに終わってしまう。
この結果から、遊離は華花瓶の模倣では求めた結果は出ないと結論付け、次のアプローチを目指す。

この物語に置ける本編であり、一見失敗続きに見えるが実はこの中に重要なプロセスが含まれている、重要な幕。


第四幕

"悲劇 叡智"の再現から更に長い年月が流れた。
その長い年月の経過と、その中での長い思考により遊離は、ドール同士のやり取りではなく、既に自我というものが存在するヒトと交流・触れ合わせる事が"自我獲得"へ有効なアプローチではないかと考えた。
次に、そのアプローチを実行に移す為にドールズを送り込む環境に関して思案していたところ、シャルノア・フロンタルという男の1つの計画の存在に気付く。
この計画に関して更に調べを進めたところ、この計画にはシャルノア自身の理想とする思考とそれとは相反する思考の2つが存在する事、そしてそれどちらも自我を持たせるアプローチとして効果が期待出来る事が判明した為、このシャルノアの元へ片方のドールを、そしてもう1つのドールをシャルノアと敵対する勢力の元へと送り込む事を決定した。
この際、2つのドールの名称を、華花瓶の元にあった時の名称から、このアプローチを行う際に適していると判断したものに変更。同時に設定そのものも環境に合わせて変更した。

そして、満を持して新たなアプローチはスタートした。
生と死、ヒトとして誰もが1度は意識するであろう永遠の課題。
シャルノアの行った計画はこれを題材とした1つの計画だった。
ドールが自我を持つ事。遊離の感覚で言えばそれはドールがヒトへと昇格する事であり、その中で生と死は切っても切れぬ事だったのだろう。
遊離はただ見守る。2つの人形の行く末を。
今回のアプローチには、自分は介入できない。介入していいのは1番最後、自我を手に入れた時か、手に入れられず破損してしまった場合の、回収するその瞬間のみ。
シャルノアの計画は、遊離の思っていたものより状況が悪化してゆく。元よりそうなるとは分かっていたが、殺し合いが始まった。
勿論自らが送り出した2つのドールも、その殺し合いに身を投じてゆく。
 
結果が出るのは、今までの準備にかけた時間を考えても、いや、常識的に考えてもそんなに長い時間ではなかった。

シャルノアの計画は、シャルノア側の敗北と言う形で幕を閉じた。
これ以上のアプローチは、するだけ無駄。そんな状況に思われた、その時だった。

・・・・・・成功した。
遊離のアプローチは、シャルノアの計画、その最後の最後で成功したのだ。
2つのドール。その片方は大破し、早急な修繕が必要な状況になってしまったが、長かった遊離の目標は、遂に叶う事となったのだ。


第五幕

そして物語は、次のステージへと進んで行く―――





 登場人物


瓶導(みかみち)

魔術絵本に描かれていた物語"伽藍の愛"の主人公。
華花瓶の作り上げたホムンクルスタイプの人形の1つで、"悲劇 叡智"が破綻してしまった際に流出してしまったドールズの1つ。
低魔力でそれなりの出力を期待出来る、低燃費・節約型の人形。
その形式上、運用のしやすさはあるが高出力を出せないので、気軽に使える半面有用性のある場面が限られる。

遊離の展開した"伽藍の愛"の物語内ではからっぽの傀儡を相棒としてたった2人で生きていた人の片割れ。人の方。

その後の"悲劇 叡智"の再現の際には本来の配役で言うところの"瓶鳴"の役をつとめる。
その再現中、義眼の呪いを遊離なりに再現した設定の関係上、聴覚にあたる部分を破損してしまう。
また遊離が"設定"としてで十分だった"義眼の呪い"を"仕様"にしてしまった為に、この聴覚破損を後々も引きずる事となる。

シャルノアの計画の際の名称は"アラタ・導・レイリィフ"。シャルノアの敵陣営に配置された。
設定は「数年前、病室のベッドで記憶喪失の状態で目覚めたところからしか記憶の無い、耳の聞こえないの青年」。
記憶がある頃には既に耳が聞こえなかった為周囲との交流が取りにくかった事、また一般的な人々が感じれた筈の感性に触れられなかった事から、とにかく何事にも無関心。
ただ、聴力無しで生きてきただけあって察しが良く、また配置された陣営の人々に"好奇心"と言うモノを教わってからと言うもの、依然とは比較にならないほど様々な感情を抱くようになった。
また、物語終盤で破損した聴力が回復し、音が聞こえるようになるため最終的には喋れるようにもなる。
総じて、最初に持っているものは非常に少ないが、最終的には元から持っているものが少なかった事を差し引いても非常に多くのものを得る事になる。

その結果の"自我獲得"の成功ケース。

瓶限(ミカギリ)

魔術絵本に描かれていた物語"伽藍の愛"のもう1人の主人公。
華花瓶が作り上げた戦闘用オートマタタイプ人形の1つで、"悲劇 叡智"が破綻してしまった際に流出してしまった人形たちの1つ。
戦闘用の大型魔力炉を内蔵しており、ヒューマンタイプ人形などとも比較して、戦闘能力はかなり高く、かなり重要戦力とされるアークスに匹敵する。ただし、フォトンへの変換効率は低く、基本的に魔力駆動にて稼動、必要に応じてフォトン変換を行い射出する方式をとる。
また、内部にリミッターを内蔵しており、設定に合わせてその最大出力の上限を下げる事も出来る。

遊離の展開した"伽藍の愛"のものが足りないでは、からっぽの傀儡を相棒としてたった2人で生きていた人の片割れ。傀儡の方。

その後の"悲劇 叡智"の再現の際には、本来の配役で言うところの"瓶茶"の役をつとめる。
物語が別段何かあるわけでも無く正規の筋書き通り進んでしまい、また瓶導と違い変化を起こす状況にも無かった為、終始誤作動や故障無く終わった。
しかし問題があったのは"伽藍の愛"展開時で、その際に他人への強い愛を発する役を演じた事、その後の"悲劇 叡智"でも愛に関する配役だった為、この時点で既に自我の片鱗が芽生えている。

シャルノアの計画の際の名称は"T-OX Zephy"。シャルノア側の陣営に配置された。
この際の設定は「自分を偽れない感情的な女性」。
アークスとしてフィールドで活動している際にエネミーに追い詰められピンチになったところをシューエに救われるのだが、この時シューエに一目ぼれしてしまい、それ以降シューエに盲目的なまでの忠誠を示す。
なお、このエネミーに追い詰められてしまう場面・そこを通りかかるシューエ・助けられたシューエに一目惚れしてしまう、までの流れは遊離が彼女をシャルノア陣営に潜り込ませる為に仕組んだ"筋書き"でしか無い為、シューエに一目惚れこそしているが「同性愛者」と言う設定は実は無い。しかしその忠誠心の高さは設定通りである。

その後予定通り瓶導の居る陣営と敵対・勿論瓶導とも敵対する事となるが、前述の通りこのとき既に自我に目覚めかけていて、その関係で"悲劇 叡智"の再現までの事は完全にメモリから消されていて「覚えているどころか、知っている筈も無い」筈なのに、瓶導と初対面した際、どこかで遭遇した事のあるような感覚、そしてそこから来る憎悪感を感じている。
また、この憎悪感を良しとしなかった為に、その後瓶導の事は極力避けるように行動するようになる。
最終的にはシャルノア敵対陣営の人物と戦闘になり敗北・大破するが、相手の心情により命だけは助けられた。
その慢心創痍の身体でシューエの助けに向かうも、自身の目の前でシューエがシャルノアに斬られて絶命するところを目撃してしまい、そのショックで心身ともに大破・機能を停止してしまう。

その後自我獲得に成功した瓶導と共に遊離に回収され、修繕作業が行われた。


無垢 遊離(むく ゆうり)

地球に住んでいた、特に抜けたものも無い唯の一般人だった男性。
所謂"電波を拾っている"性格の男性で、人形を「我が子」として扱いとても愛している。

その性格から社会に適合できない人間であり、犯罪者予備軍とも取れるような非常に危険な存在であったが、ドールズ・そして華花瓶と出会ってしまった事でその人生は大きく変わってしまう。
人形が好きな彼は、その御伽噺に出てくるような"自分の中の理想の人形"をそのまま現実に持ってきたかのような存在であるドールズに非常に強い興味を抱き華花瓶にその1つだけでも譲ってくれないかと申し出るものの、彼が彼女の欲求を満たせなかった事、代わりとなる別の対価を払う事が出来なかった為に、奇しくもドールを手に入れる事は叶わない。
また、彼が彼女に惹かれる要素が無かった為、2人の関係はその場であっさりと終わってしまう。

しかし元々人形が好きであった事に加え前述の通りドールズが彼にとっての"人形の理想の形"であった為その後独学でドールの作成・入手を計画。
しかしやはりというべきか、一般人の能力では作成・入手どちらに関しても非常に困難であり、比較的早い段階で限界に到達している。そしてどうやっても自分ではドールを作成も入手も出来ないと絶望していたところに、奇跡的にも"悲劇 叡智"の破綻が発生。その弊害として一部ドールが華花瓶の手元から離れる事態に至り、しかもそれらのドールの一部を手に入れる幸運に恵まれる。

その後は上記の通り。
手に入れたドールを解析する事で自身がドールを作成・修繕・調整を行う事が出来るレベルにまで昇華する。
後に自身がドールに対してより深い理解を得るには人間の寿命では短過ぎると、当時の自らの技術をフル活用し1人のドールを作成、自らの魂をそれに移し変える事で新しい寿命を得るという、華花瓶の真似事で延命に成功した。
その為、彼は理論上寿命によって死ぬことは無い。

彼の人物としての詳細だが、基本的には異常思考。
何に置いても自分の中心は人形であり、ドールズというものを知ってからはドールズが自身の中心に差し変わった。
元々は自作の人形劇で収入を得ていたが、お世辞にも良いとは言えないシナリオ・あまりにもはっきりとしないブレブレのキャラ設定、そして終いには"人形劇の途中で人形たち<我が子達>の可愛さあまり荒ぶり始め、そのまま正気を失い暴走し始めて観客をドン引きさせる"等問題点だらけで、評判は悪かった。なお、劇そっちのけで荒ぶり始める様はそれはそれで別の話題性にはなっていたのだが。

劇の無い時等の暇なときは、基本的に一人で人形遊びをしている。
その時々で手持ちの人形に設定をつけて、やりたい場面・みたい場面を再現して遊ぶのだ。
因みにその際も比較的頻繁に感情を制御できなくなり暴走し始める。
また本人は我が子の様々な面を見れる事に思考の悦と興奮を感じており、その様々な面とは人形達の何気ない日常の様子から始まり、性行為の姿は勿論、殺しあう姿ですらそれらを感じる。
また、殺しあう姿を演じている時に暴走し始めると、自らの手で殺される役の人形をナイフで滅多刺しにしながら高笑いをあげる。その様は"狂気"の一言。
これはドールズを手に入れてからも勿論同じで、瓶導や瓶限の何気ない日常のやり取りの中で突然その自然な姿に歓喜し暴走し始める事も多々ある。
また、これはたったの1度しかなかった事だが、その暴走が過ぎるあまり瓶限の命を奪いかねない事態にまで発展した事がある。しかし腐っても華花瓶作のドール・瓶限と素人の作った延命目的レベルの人形では性能が圧倒的に違い、その性能差故に瓶限に大きな被害が出る事は無かった。
とは言え、普段何だかんだ遊離に対して辛く当たる事の無い瓶導も瓶限も、このときばかりは恐怖と拒絶にまみれた表情と態度を取る事となった。なおこの後、それらの態度を初めて見れた事に対する喜びで再度暴走しかけている。
また、この暴走状態は非常に厄介で、周囲の人間の手を以ってしても正気に戻す事は不可能で、本人が暴走の過程で満足した状態になる、もしくは疲労で意識を失う等、事実上"時間の経過でしか正気に戻す方法が無い"。
その上でこの状態に日常的になってしまう為、瓶導と瓶限は遊離とはあまり行動を共にしない。正直処理が面倒なのである。


シューエ・アラカルト

第四幕を中心に登場する人物。キャスト女性。
自称アークスであり、自称"キャスト至上主義者"である彼女は、シャルノア側の陣営でも特別強力な存在。
しかしこの時代のアークスとして登録されておらず、"キャスト至上主義"を名乗りながらも同じキャスト内で尊重する相手・見下す相手、評価が相手によってまちまちであり、何かと不審な点が目立つ。

そんな彼女の実態は、もう数十年も前に死亡した、当時"味方殺し"としてアークス内にその名を知らしめた一人のアークス。
彼女が手にかけた人々は数知れず、その中には実の弟までもが含まれている。
その人間性は当時から変わらず、生身の人々は誰一人として認めず見下し続け、自身が"至高の存在"とするキャスト相手ですら、相応の行いを行わなければ其れをキャストとは認めず見下し、尊大な態度を取る程。
そう彼女は、口先こそ"キャスト至上主義"を謳っているが、その実"能力主義者"なのである。
しかしながら自身はキャスト至上主義だと思い込んでいる為、仮に能力がどんなに高かろうがキャスト以外は評価せず、下等な存在だと笑うのだ。

数十年前、正規のアークスとして生存していた頃の事はこの項では割愛する。

この物語としての登場は第四幕より。
シャルノアが、自身の理想を叶える為の存在を探していたところ、数十年前にアークス内でその名を轟かせていた彼女の存在を知り、その亡骸から彼女の擬似蘇生を試みる。
その際、彼女の亡骸だけでは蘇生に不十分だった為、彼女の弟である"シード・アラカルト"の亡骸も回収し、それらのパーツを組み合わせる事で無事蘇生された。
因みにシャルノアとしては蘇生されるのはアラカルト姉弟のどちらでも良く、擬似蘇生の為の手順を踏んでいた上でシューエのメモリが生きていた為にシューエとして蘇生されただけで、実はその身体を構成しているパーツの比率はシードのパーツの比率の方が高かったりする。

蘇生後シャルノアの思想と計画の内容を聞かされ、それに賛同したシューエはその計画の為にシャルノアと共に行動する事になる。
瓶限との出会いは蘇生後の話であり、シューエが計画の為に惑星ナベリウスの森林エリアに降り立っていた時の事である。
幸か不幸か、瓶限はシューエ唱える"キャスト至上主義"に足る人物であったが為に、以降遊離の思惑通り瓶限は彼女の下で行動する。

第四幕終盤、瓶導の属する反シャルノア勢力の拠点制圧作戦時、拠点の中でも特に奥に位置する場所に配置され、最後の守りとして構える。
そんな彼女の元に現れたのは、反シャルノア勢力の一員であり・シャルノアの計画に必要な為捕獲対象となっていた少年。
相手が満身創痍だった為に勝利は容易かと思われたが、それまで少年と幾度か交流する機会があったシューエは初めてシャルノアの思想に疑念を抱き、捕獲では無く殺害を計画。それに感づいたシャルノアに背後から奇襲され、あっけない最後を迎えた。

なお、その亡骸は混乱極めた戦闘の問題や、その他の事情の関係でその場にそのまま遺棄される事となった。


シード・アラカルト

前述の"シューエ・アラカルト"の実の弟にして、キャストの青年。
シューエが未だ生存していた時代に、思想の違いから衝突になり、その果てに彼女に手をかけられ死亡している。享年24。

その人物像は姉・シューエと違いごく普通の青年。
好みの女性が"女性というより少女"であったり、姉弟で在りながらいい歳になっても姉の裸に発情したりと多少年齢不相応の"精神的未熟さ"が見える事こそあったものも、周りからも評判の良い好青年だった。

この物語での登場は第四幕で名称だけ、本格的にその存在をかもし出すのは第五幕から。
シューエ・アラカルトの項目にあるとおりシャルノアの計画の為に擬似蘇生されたシューエの身体を形成するパーツの半数以上が、実は彼の亡骸から流用されている。そういう意味では"シューエ・アラカルトを名乗るシード・アラカルトという人物"というべきかも知れない。

第五幕に置いて、瓶限が自我を獲得した後、彼女の強い要望により当時のままシャルノア勢力の拠点に遺棄されていたその身体を回収・修復される。
そしてこの身体を回収した際に、偶然拠点内部にて保存されたままだった"擬似蘇生に使用されなかったシューエ・シード両名のパーツ"も回収され、身体の修繕はこれらのパーツ+遊離のドール技術の転用によって行われた。
その結果、実に身体の8割以上がシード・アラカルトのパーツによって構成される状態になった。
しかしこの際、シューエ・アラカルトの記憶メモリが修復不可能なレベルまでに破損していた為、"身体こそ十分な修繕が行われたが、肝心の頭脳部分に重大な欠陥を抱えた状態での再起動"となってしまった。
これらの要因が重なった末に再起動したこの身体は、その身体の大部分を構成するシードの要素が前面に出る結果となり、瓶限が望んだ"シューエとしての蘇生"は残念ながら叶わず、見ず知らずの"シード・アラカルト"として蘇生する事になった。

の、だが。
前述通り記憶メモリが破損していた為頭脳部分に重大な欠陥を抱えた状態で再起動となったシューエ・アラカルト改めシード・アラカルトは、知能が赤ん坊レベルまで低下した状態での再起動となってしまった。
加えて本来"記憶メモリ"によって行う筈の人格形成を、ボディパーツに染み込んで残っていたシードの残滓とも言えようものからドール技術を転用して強引に引き出している為、知能レベルの低下も相まって"理性の欠片も無い唯の獣"のような存在となってしまっている。

これらが何を意味しているかというと、シードの生前時の"歳不相応の精神的未熟さ"や"女性というより少女が好み"と言った、理性によってどうにか隠されていた危険な要素が、理性の欠落によって完全に表に出てしまうと言う事なのである。
それどころか本能的に動き、更に知能も赤ん坊レベルなので、"理性の欠落"と言う要素だけでは発生し得ない危険性が新たに生じた事になる。

最後に、これは補足的な内容になるが、知能が赤ん坊程度にまで落ち込んでいるので彼は言語を使う事が出来ず、「あー」や「うー」等の"それっぽい音"しか発する事は出来ないし、メモリ部分の破損の問題で今後の人間的成長を望むにはボディの構造そのものを再構築・及び新しい人格データを搭載した記憶メモリの準備が必要である。
しかしそれは事実上の"シューエ・アラカルトとシード・アラカルトのパーツを再利用した新規ドールの作成"と言う行為に他ならず、シューエの純粋な蘇生を望んだ瓶限の気持ちを蔑ろにする行為になる為、彼の今後の人間的成長は"絶望的"と言えよう。

なお、1番肝心な瓶限はその赤ん坊化したシューエに対して「導と私との間の子供みたいで悪くない」等と、まんざらでも無い様子である。
しかし知能・行動が赤ん坊水準なだけであり、見てくれは勿論大人であるのだが・・・・・・・。 
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